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介護士の心構え「死を看取るという事」日常生活の延長上の死

死が特別ではないという事を考えました。今まで生きてきた生活を引きずったまま亡くなる事を支援する、そのためには、今まで生きてきた生活自体を、最期まで続けたいと思える様な素敵な生活にしなければなりません。ですから、「看取る」というのは、具合が悪くなってから始まる事ではないのです。

まずは生きているという実感
あなたが、「今、しっかりと生きているなぁ」と感じる瞬間はいつでしょうか。家族と過ごす時ですか?仕事をしている時ですか?それとも友人と過ごしたり、趣味に没頭している時でしょうか。はたまた、ボランティア活動や信仰上の活動を行っている時ですか?これは人それぞれ違うものです。よほど悪い事を行っていない限り、誰からも指図されることではないものでしょう。これは介護が必要になった方であっても同じです。逆に、介護が必要になったからこそ「生きている」ことを感じてもらう必要があります。なぜならば、誰も好きで介護状態になったのではないのですから、その状態になっただけでも精神的な苦痛、苦悩、そして諦めを感じているはずです。もう自分は生きている価値がないんだ…そんな風に感じてしまう事もあるかもしれません。介護のプロは、ここを支える必要があります。どうすれば良いかと言うと、「自分」のための食事方法があって、「自分」のための排泄方法があり、そして「自分」のためのお風呂がある…そう感じてもらえたとしたら、その方は「自分は一人ではない。生きていける、生きていっていいんだ。」と思ってもらえるでしょう。実はこここそが、看取るためには必要不可欠です。

その実感を喜ぶ
介護というのは肉体労働だけではなく感情労働ですから、相手の感情だけでなく自分の感情によっても大きな影響を受けます。自分が接している、支援している入所者・お年寄りが、大きな喜びを抱いている時、まさにそれは自分にも喜びとなり、介護のプロとして働くための意義を感じる事が出来るでしょう。ここで、感情が動き、より相手に感情移入する事が出来ます。そうすると、その方の「生きる」ことをもっと支援したいと思う様になるのです。

この様にして、常日頃の生活が充実したものであるが故に、死は変にかしこまったり避けたくなるものではなく、日常生活の延長上として迎える事が出来る様になるのです。具合が悪くなってから、最期だけ一生懸命なんとかしようと思ってもダメなのですね。