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介護士の心構え「死を看取るという事」そして最期の瞬間

死は日常生活の延長上である、そんな事を考えてきましたが、その生活にも終りを告げる時がやってきます。この時、具体的には施設のスタッフは何が出来るのでしょうか。

「絶対に一人で逝かせない」という覚悟
看取りケアは、実は施設のスタッフだけでは厳しいものがあります。感情移入をすればするほどそうです。施設の中には、その方以外にも入居者、利用者はいらっしゃいます。いくらもう、今すぐにでも亡くなりそうだという時であっても、ナースコールで呼ばれてしまえばそちらに行かざるを得ません。これが、スタッフの数の少ない夜間であればなおさらです。ですから、可能な限り家族の協力を得る様に努力しましょう。毎日でなくても構わないのですが、夜間に付き添ってもらったり、可能な限り面会に来てもらえると良いですね。何をしてください、とお願いするのではありません。そこに居て、手をとって、話しかけてもらい、髪をなでてもらうだけで良いのです。介護をしてもらう必要はありませんよね。だってそれはスタッフの仕事ですから。その様に、してもらいたい事を伝え、例え今まで疎遠であった家族でも、居るだけでいいんだ、と思ってもらえれば協力してもらえるかもしれません。そして、最期の瞬間を一人で逝かせない様に最大限の努力を払いましょう。

正解はない
わたしは以前、看取りケアに入っていた入居者に、尿が出なくなったからと言ってバルンカテーテルを挿入した看護師ともめた事がありました。その方のご家族は、親族しかおらず、甥の方が身元保証人でした。その方は、若い頃から浪費癖があって、ギャンブルなどにお金を使い過ぎて借金をつくり、その後始末を全部甥の方がされた事や、とにかく色々な事があって、老人ホームへ入居してからだって面会に来られた事はありませんでした。ですからスタッフも、とにかく自分達の出来る限りの事をしようと決意していました。本人も家族も延命処置は望んでおらず、食べられなくなったとしても点滴すらしないで欲しい、という意向でした。固形物は食べられなくなり、ペースト状にしても段々と食べられなくなってくる中、点滴もしていませんから身体に水分が入らず、尿も少しずつしか出てきません。そんな中、INとOUTを知りたい、と看護師が言い始めました。水分量を出来る限り詳細に記録する事でINは確保できましたが、OUTがわかりません。尿測を行っても、大体の数字しか把握できません。そこで、看護師を兼務している管理者と二人で相談し合い、バルンカテーテルを挿入したのです。介護スタッフは、猛烈に抗議しました。チューブなどをつけた姿で最期を迎えて欲しくなかったためです。しかし看護師は、その専門性から、例え看取りであっても自分に出来る事はやる、それをやらなければ看護の専門性がない、見殺しにするのも同じじゃないか、と考えた様でした。見殺し…。言葉は悪いのですが、見放して何もしないと、積極的に何もしないのでは大きな違いがあります。客観的にみれば、見殺しの様な状態だったのかもしれません。しかし、介護スタッフだって、尿が出なくなればなんとか出る様にと、既に自力では起きる事の出来ない身体を、昔の様にポータブルトイレに座ってもらえば出るのでは…と数人がかりで座ってもらってみたり、ベッド上でもギャッチアップや体交によって身体を動かして刺激を与えれば…と工夫したり、ペースト状も食べられなくなれば、スポーツ飲料を凍らしてそれで唇を湿らせたり、ちょっとでも覚醒した時になんとか食べれる物をと思い、元気だった頃に好きだった煮物を居室の中でつくって香りを漂わせてみたりと、出来る限りの事はやっていたのです。職種によって、専門性には違いがあります。それは当然です。しかし、その専門性をどう活かしていくのかというのを、チームとして共有しているべきなのです。その看護師が間違っていた訳ではありません。ただ、チームの意志統一が図れていなかっただけなのです。ですから、これといった正解がない分、守るべき事があるのです。

迎える瞬間
たとえチーム内でその様な事があったにしろ、この様な経験は必ず役に立ちます。壁を乗り越えていくからこそ、最高の看取りが出来るチームが出来上がっていくのです。もちろん、完璧ではありませんが、もともと完璧を求めるのが看取りケアではありませんから。そうして迎える最期の瞬間は、正直言って笑顔もこぼれます。不謹慎かもしれませんが、やるべき事は全てやった、そして本人も最期までよく頑張ってくれた。もうこれ以上は頑張らなくていいですよ…、今までありがとうございました。そんな想いがこみ上げてきますね。人間の死は、厳粛なものです。ここまで発達した科学技術でさえ足元にも及ばない様な可能性や能力を秘めているこの命が、今、終わってしまうのです。しかし、その方と過ごした日々は、決して無くなるものではありません。その場に家族が居てくれたなら、まさに家族と思い出を共有し、この施設に任せて良かったと思ってもらえるでしょう。

もちろん、いきなりこの様な看取りケアが出来る訳はありませんから、一歩ずつ進んでつくりあげていくものです。自分達の施設でしか出来ない看取りケアもあるはずですから、他人のまねをする必要はありません。人間は一人一人違うのですから、もともと全てが違って良いはずです。大切なのは、家族も踏まえて一つのチームとして動くこと、そして意志の統一を図ること、最後に、どんな事があっても前を向くこと、でしょうか。